ビジネスマッチングコラム vol.49

飛耳長目
アドバイザーが普段使用している仕事の相棒ともいえる手帖とペンの画像

M&Aアドバイザー達のダイアリーノート

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自慢の精密プレス業

精密プレス業を営む社長は、以前から取引している地銀と会計事務所にあとつぎ探しの相談をしていた。
会社がある場所は信州。諏訪湖が凍るほどの寒い季節だった。その頃、当社と電力コンサルティングの契約を結び、営業担当からGIFT map(ビジネスマッチングサービス)についての話を聞いた。ほどなくしてM&Aの部署に依頼があり、社長に会いに行った。話を伺うと、昨日も銀行の担当者が来て、「近隣で御社を買いたい会社がある」と紹介したそうだ。銀行に頼んでM&Aを進めようと考えているようだが、どこか迷っている様子も感じた。銀行の成功報酬が高いことや、以前から相談していたにもかかわらずなかなか動いてくれないことに不安を覚えていたようだ。よくよく話を聞いてみると、昨日が初めての紹介だったのだという。GIFT mapのサービス内容について説明をすると、深く賛同され「銀行との仲介契約をやめて、日本テクノにお願いしたい」と当社と仲介契約を結ぶことになった。
社長は自社の技術力、業績ともに自信があり、「買手企業はすぐに見つかる」と話していたが、すぐには売る気はない様子だ。「これから売上がさらに上がっていくし、優良企業である」と誇らしげだ。財務情報を見ても、そのことはわかる。作業単価が高く利益率が安定している。自己資本比率も高く、キャッシュも潤沢だ。無借金経営で堅実であり、高い技術力を武器に優良顧客を多数抱えている。わたし自身も、この会社なら譲渡先を早く見つけられると思っていた。


事業内容はプレス金型製作・加工。プレス技術では、板バネ、カーリング、絞りなどが特に優れている。優秀な人材が多く、検査設備も設置されているので不良品がなく、高品質な製品を迅速に生産している。金型設計では取引先や下請けから相談を受けることが多く、長年培った経験と技術が伺える。信州はプレス会社の激戦区でもあり、そこでこの実績を上げているのは評価が高い。そのため、企業価値評価からの株価も高くなった。


買手候補を探し始めるととたんに2社が興味を持った。仲介契約からひと月も経たないうちに、2社のトップ面談が行われた。1社目は、同じ業種で関東の会社(A社)である。A社は社長に好印象をもち、顧問としてA社に招きたい、ホールディングス化をしたいと具体的に考えていた。「受注好調が継続するならばもっと高く買ってもいい」ともいっている。A社は、他の会社で譲受を考えていたが3社とも破談したと聞いていた。こちらの案件には好印象を持ち2回目のトップ面談も希望していた。メインバンクへ相談をすると、グループ会社での譲受の方が良いとのことで、2ヵ月後に2回目のトップ面談を行った。順調にみえた商談だったが、問題が出てきた。メインバンクが「仲介会社が入ると面倒なことになる」と判断したのだ。当社を仲介から外した方が良いと説得されたA社社長はやむなく断念し、破談となった。


2社目も同じ業種で、関西方面の会社(B社)であった。トップ面談が行われたあと、B社から買収に対する意向表明書が提出された。ところが内容は金額面での条件提示が非常に厳しいものだった。B社と折り合いをつけるため、役員退職金や従業員功労金の修正を行った。2回目、3回目とトップ面談が行われたが、B社社長と長年の外注先との意向が合わずこちらも破談になってしまったのだ。


すぐに反応があった2社とは縁がなかったが、社長は自社に自信があるので落ち着いている。もっと高くても譲渡できると思っているので、まったく動じない。「この会社を欲しい会社は必ずあるはずなので、引き続きよろしくたのむ」とお願いされた。念のため上述の2社との交渉中も並行して他の買手候補先を探していたので、次のトップ面談もすぐに決まった。気がつくと季節は春を過ぎ、夏を迎えていた。信州も盆地が広がるこの地域の夏は暑い。汗をぬぐいながら社長と話し合いをしていた。


社長にはM&Aをスムーズに行えるようにいろいろと事前に準備をしてもらっていた。1点目は株式を100%譲渡できるようにするため、株式の整理を行うこと。従業員持株会の会員全員の同意を得て、持株会を解散し清算手続きを行った。清算した持株会の株式を普通株に移行するのか消滅するのかは顧問税理士との相談で決定してもらった。2点目に、株主が親族ではあるが分散していたので、株主からの委任状の取りまとめも重要だった。3点目として、株券発行会社であったが株券を紛失していたため、今後のことを考慮し株券不発行会社への手続きを行った。

3社目の買手候補も同じ業種で隣接県の会社(C社)だった。同じ業種ではあるがプレスの大きさや薄さなどが違う。C社は取引先は少ないが量産のプレスである。取引先数が多い売手会社とは互いの強みを補完し合うことで、シナジー効果が見込める。隣接県でも多少の距離があるため頻繁な行き来は難しいが、事業をスムーズに引き継げそうだ。財務状況を確認したC社社長の反応も良い。売手会社のサンプル製品を見て「この技術を勉強して、もっと自分の会社を大きくしたい」と話すC社社長に、積極的に挑戦する人物であると印象を受けた。買収額が大きいため資金を協調融資での銀行借入にするとのことで銀行との交渉にもすぐに入った。

順調に商談は進んでいた。株式譲渡に向けては問題がなかったが、社長の体調が急に悪化した。体力的な限界を感じていたようだ。最初にお会いした時の勢いがなくなってきている。
C社社長との折り合いはよく、条件面も合意するに充分な内容だ。社長はC社への譲渡を決意し、私も早急な株式譲渡完了のため最善を尽くした。

トップ面談から2ヵ月後にデューデリジェンス(買収監査)が行われ、その1ヵ月後に調印式となった。
調印式は、雪の合間の貴重な晴れの日に執り行われた。売手社長は体調が少し回復し、笑顔で調印式を迎えることができた。
「わが社の宝である従業員の継続雇用と待遇の維持を一番に願っていて、それをお約束いただけたことでほっとした。元気なうちは、C社社長の力になれるよう、まだまだがんばるつもりだ」とごあいさつされていた。
翌日、売手会社の朝礼にC社社長が参加し、社員たちへのディスクローズ(情報開示)を行いPMI(経営統合プロセス)がスタートしていった。

時代の流れとともに、あとつぎ問題で悩んでいる社長がさらに増えてくる。どこに相談したら良いのかわからず悩んでいる多くの社長をサポートし、少しでも廃業をくい止めたい。
アドバイザーとは、売手と買手とその関係者すべてに感謝されるやりがいのある仕事である。まだまだがんばるのみである。(YS)

2024.8.21掲載

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