ビジネスマッチングコラム vol.48

飛耳長目
アドバイザーが普段使用している仕事の相棒ともいえる手帖とペンの画像

M&Aアドバイザー達のダイアリーノート

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プラスチック射出成型業社長のあとつぎ探し

プラスチック加工に携わること40年の売手社長は2年前からご自身であとつぎ探しを行っていた。知り合いなどに声をかけて買手候補先を探し、1件の見込みができたが、銀行からの融資が困難であったり、派遣できる人材がいなかったりとうまくいかなかった。日々の仕事をこなしながらなので体力的にも限界になっていたそうだ。もしこのまま見つからなければ廃業もやむなし。私が最初に訪問したときは、当社のM&Aのサービスをすでにご存じで、すぐに仲介契約を結ぶことになった。社長は、積極的にあとつぎを探していると語ってくれた。初めての訪問で、あとつぎ探しをしていることや廃業も考えているなんてことを、率直に教えてくれる社長はあまりいない。このとき当社の電力コンサルティングという事業基盤、そして築き上げてきた関係性がとても強固なものだと確信したのだ。
社長はご高齢ということで「年内にはあとつぎを探してほしい」と焦りを感じていた。このときすでに、梅雨の真っただ中。「半年しかない」が全力で探そうと思った。


筑波山がきれいに見える場所に構えた工場ではプラスチック射出成型を行っており、世界的に有名なアニメキャラクターのプラモデルをつくっている。また、安定した原材料の仕入れ環境と、企業から継続的に受注が入るという強みもある。借入金がなく、自己資本比率は90%以上と高く、潤沢なキャッシュもある。安全性に優れた経営を行っている会社だ。
私の経験上M&Aのご成約までの平均期間を考えると、この期間で見つけることは難しいと感じたが、経営状況を見ると、意外に買手候補先が早く見つかるかもしれないとも思った。


社長は会社を譲る際に、買手候補が資金的に買いやすくするために、企業価値が高くならないように策を講じていた。意図的に売上や利益を減らし、株価(純資産)を下げていたのだ。M&Aを行うにあたり、企業価値についてよく理解されている社長だった。


案の定、買手候補を探し始めると、早速候補が現れた。同じ商圏内でもあり、すぐにトップ面談に進むことになった。買手候補先の事業は、射出成形ではなくブロー成型で、形態も分野も違うが仕事の幅が広がるのではないかと考えている。
仲介契約から2ヵ月足らずでトップ面談を行った。買手社長からは、「財務内容が優れていることにくわえ、取引先に非常に興味がある」と好印象で終わった。また、社長同士の印象も良かった。買手会社の自己資金でも売手会社を譲受できるし、売手会社に買手会社の従業員を派遣することもできる。さらに設備(射出成型機など)もそろっている。ヒト・モノ・カネがそろっていることで、友好的な買手候補先になると感じた。
2回目のトップ面談を2週間後に行い、統合に向けた詳細を詰め、最後には調印式の予定まで決定。非常にスムーズに事が運んでおり安心していた。


ところが、話が急変した。
社長の娘夫婦が「一から説明してほしい」と商談に参加されることになった。娘夫婦は、社長から話を聞いていて事の成り行きが早すぎると感じたようだ。買手候補先がすぐに見つかり、トップ面談が順調に進み、調印式の予定までが何も滞らずに進んでいることが、かえって心配になってしまったようだ。M&Aは、売手社長だけが満足すればOKというものではない。社長のご家族や従業員、株主などかかわりのある方にも賛成していただかなければならないのだ。そうでなければ、友好的なM&Aとはいえない。社長のそばにいるご家族も安心してご納得されるまで、これまでの経緯について、順を追って丁寧に説明した。不信に思われながら話を進めるよりも、何度でも質問に対して回答をくり返すべきだ。これによって何に不安があるのか、何に引っかかっているのか、よく見えてくる。お客さまの悩みを引き出しひとつずつ解決するのもアドバイザーの仕事だ。


幾度となく話し合いを重ねたことで、娘夫婦にも今回のM&Aに賛同いただいた。
調印式は元々の予定通りに行うことになった。売手社長はその日の朝、娘夫婦からもお祝いの言葉をいただいたそうだ。


仲介契約から調印式まで約3ヵ月。秋も深まり涼しくなった頃、東京の調印式会場に両社長が現れておだやかに握手を交わした。
社長からは、「2年にわたり自ら引継ぎ相手を探して見つからなかったのが、日本テクノに頼んだ途端に見つかるなんて。逆に早すぎる」と笑顔で言われた。社長ご自身も内心では想像以上にスピーディーだと感じていたようだ。強引にエスコートをした訳ではないが、ご縁があるときはすぐに見つかるものだ。M&Aは一生に一度のことであるため、展開の早さに戸惑っていないかなど逐次確認する必要性をあらためて実感したディールだった。


事業承継の解決方法のひとつとなるM&A。売手社長と買手社長の話し合いで主に進めていくが、この両者だけのM&Aではない。それに関わる人たちのことも常に考えなければならない。
わが国は社長の高齢化が進んでいる。社内に後継者がいないことも実に多い。今後もこの問題に真摯に向き合いながら、アドバイザーとして邁進していく。(HA)

2024.7.17掲載

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