ビジネスマッチングコラム vol.46

飛耳長目
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M&Aアドバイザー達のダイアリーノート

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経営者と株主が異なる金属加工会社

案件情報のメールマガジンを配信した直後、電話が鳴った。
「メルマガについて教えてほしいことがあります。メルマガに掲載されている情報の秘密は守られていますか。事業承継の相談に乗っていただけませんか」と慎重な話し方の社長からの電話だった。
早速翌日、社長にお会いすることになった。従業員に気付かれないようにするため、従業員が帰った後に会社に伺うことになった。事業承継は機密事項なので、お客さまとお会いするときは時間と場所に十分気を配る。そのなかでもこの社長は、とりわけ細心の注意を払っているようにお問い合わせの段階から感じていた。


会社の近くまで行き様子を見て、まわりに従業員や関係者がいないことを確認し、会社に入った。新しい建物や設備ではないが、普段から整理整頓している様子がうかがえた。
建築金物業を中心とした金属加工・製造会社で、先代の創業社長が約50年前に立ち上げた会社である。現社長は、創業社長との知己であり、以前から事業のサポート役を務めていた。この会社とは異なる大手メーカーで勤め上げ、定年退職したのを機にこの会社に入社したのだ。その後、創業社長が亡くなり、創業社長のご息女が全株式を引き継ぎ代表取締役になる予定だったが、ご息女が病気を患い代表の業務が困難な状況になったため、現社長が代表取締役に就任した。ところが社長も60代になり、あとつぎについて考えるようになったのだ。ご息女の子息に継がせる話もあったが、本人は継ぐ気がない。社長は税理士や金融機関にも相談するほか、M&A仲介会社のセミナーにも参加。あとつぎ探しについてとても頭を悩ませていた。
「何よりもまず従業員を守りたい。自分のリタイアのことよりも20名程の従業員がこのまま安心して働けることが大切」と、従業員を第一に考えていた。
社長は考えていることを丁寧に話してくださった。わたしがM&Aについて話しているときは、真剣に話を聞いていた。その様子からも、ずいぶんと悩んでいたことが伝わってきた。
お話を一通り伺ったあと、3期分の決算書を受け取った。「決算書を見て、会社が売れるかをみてほしい」、「可能性があるなら仲介契約を結ぶ」とまでおっしゃったのだ。
はじめての訪問だったが、この1回で、社長の人柄やあとつぎについて考えていること、望んでいることがよく理解できた。夏真っ盛りで、日がとっぷり暮れても暑い日だった。


翌日預かった決算書をながめていた。営業利益が赤字で長期借入金が多い。さらにROEがマイナスで、営業キャッシュフロー・マージンもマイナス。良いとは言えない財務状況であったが、純資産が数千万円あり、土地と建物は会社所有であった。条件次第ではなんとか買い手候補は見つかると思った。

その後も社長との商談は、基本的に会社に誰もいなくなる夕方以降の時間帯に設けた。
財務状況から算定した株価を提出し、企業価値について説明した。社長は売ることを決意し、「株主と弁護士、税理士、公認会計士に話をする。」とのことだった。
こちらの会社の株式は譲渡制限があるため、株式を譲渡するには株主総会で承認を得る必要があった。社長は株式を持っていないので、株主であるご息女の了承が必要になる。株主や税理士などから了承を得た後に、仲介契約を結ぶことになった。本業に取り組むかたわらで事業承継問題に取り組むのはとても大変だろうなとの思いにふけりながら会社を後にした。

それから1週間後、再び社長に会いに行った。
すると「株主が反対した」と社長から伺った。
弁護士と税理士、公認会計士は現在の会社の状況をみて、了承を得た。ところが、肝心の株主が納得しなかったのである。
社長と一緒に株主であるご息女のところへ出向き説得を行うことになった。
ご息女は、「お父さんが創業した会社なのでその株式は自分の手元に持っていたい、それをいずれは息子に引き継がせたい」とのことでなかなか納得していただけない。子息本人は、株式や経営を引き継ぐ意思はまったくなかったが、ご息女はどうしても子息に株式を引き継がせたがっている。子息の意思は固く、引き継ぐことを拒否し続けた。これからの将来を考えて子息の意思を尊重すること、ご息女の体調のためにも株式を譲渡することを考えてもらうよう提案し、この日は終えた。会社は株主のものであると痛感させられた瞬間だ。

それからも説得を続けた。少しずつだがご息女の考えが変わり、ご自身と子息のため、そして会社のためにも株式を譲渡することについに納得いただけた。いちょうの枯葉が道にびっしり落ちている頃であった。
正式に「買い手を探してください」と、ようやく仲介のご依頼をいただくことができた。社長からは「ご息女が病気なので、早く買い手を見つけてほしい」、「従業員を守ってほしい」と再度念を押された。わたしは全力で探すと心に誓った。
ご息女と社長は、株主と経営者が一度に代わることに不安を抱き、会社のために社長は譲渡後もしばらくは経営者として残ることとした。

何社も買手候補先にアタックした。借入金が多いことや候補先とのシナジー効果が今一つ見込めずトップ面談まで進めないでいた。社長は、財務体質改善のため、取引先の新規開拓を行い売上増加につなげた。買手候補を見つけやすくするためである。すると、探し始めて半年がたったころに、特に強い関心をもった会社とめぐり会い、トップ面談に進むことになった。

トップ面談は、雲一つない晴天の日だった。梅雨時で悪天候が続いていたので、良いトップ面談になるのではないかと思った。
買い手候補先の事業内容とシナジー効果が見込める。買い手社長は、場所も近く、土地と建物を所有していることにも魅力を感じていただけた。「双方のシナジー効果で高付加価値を生めるようなホールディングス体制を構築したい」と話していた。
それからひと月、2回目のトップ面談を行なうことになり、株主であるご息女と子息も参加することになった。
2回目のトップ面談も順調に終わり、株式譲渡に向けて交渉を進めることになった。1回目のトップ面談から約4ヵ月後に調印式を迎えられた。社長と初めてお会いしてからおおよそ1年がたち、この日も初めてお会いした日のように猛烈に暑い日だった。社長から「M&Aで譲渡できて本当に良かった」、「従業員を守ることができた」と言っていただいた。ご息女は、取締役を退任し株式を譲渡できたことに、ほっと安心した様子だった。

後日、会社を訪ねると、社長は生き生きと仕事をされていた。わたしもお役に立てたことをしみじみとかみしめている。この時点ではディスクロージャーも終え従業員も全員M&Aのことを知っている。

今回の案件は、株主と経営者が異なっていた。中小企業では株主と経営者が同じであることが多いが、今回のように異なる会社もある。事業承継するにあたり、株主と経営者が同じであった方が進めやすいが、異なる場合であってもそれぞれの意見や要望を考慮して慎重に進める。株主と経営者の両者が納得し、ハッピーになる方法を考えていく。
これからもそのお客さまにとってベストな方法を考え、事業承継のお手伝いをしていく。(KT)

2024.5.29掲載

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