ビジネスマッチングコラム vol.33

飛耳長目
アドバイザーが普段使用している仕事の相棒ともいえる手帖とペンの画像

M&Aアドバイザー達のダイアリーノート

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「印刷折り加工業の事業承継」


都内に隣接するとある印刷折り加工場のM&A物語

夕刻、薄明かりの付いた小さな町工場へ飛び込んだ。すでにその日の稼働を終えて従業員が帰宅の準備をしているところだった。社長は不在という事で、名刺と簡単な案内資料が入った封筒を社長へお渡しいただくようお願いをして工場を後にした。印刷機のような機械が数台あったがどんな物を製作しているのだろうと思いながら帰宅の途に着いた。

それから数日が経ち改めてその工場へ訪問してみると、社長が先日訪問したことを聞いており少し話が聞きたいとのことだった。事務所へ案内されると、先日お渡しした名刺と資料が社長のデスクの上に置いてある。M&Aに関心があるようだが買いたいのか売りたいのか、はたまたどのような内容なのかと頭を巡らせながら席に座った。
すると社長から「うちの会社には後継者がいないんですよ」と打ち明けられた。
そこで会社を存続させるために他社に会社を譲ることができないだろうかとの相談を受け、M&Aの方法を提案することに。会社設立からのことや、また近況、仕事内容など深くヒアリングをしていくと社長の仕事や経営に対する真面目さに感心させられ、この社長の人柄なら必ずよいお相手が見つかると確信した瞬間だった。
主たる事業は印刷折加工である。印刷物を折り曲げて製品を仕上げる。単純な一枚折り、二枚折りから16P折り、蛇腹折りなど加工の幅が広く折込チラシ、商業施設のフロアガイドなどさまざまな製品が製作されているのがわかった。ペーパレスの時代になり仕事はこの先斜陽要素があるものの、まだまだ世の中には広く需要があるとのことで、得意先からも仕事が流れてくる。時には残業までして仕事を仕上げているようだ。その得意先のためにもこの工場を存続させなければならないとのことだ。

社長に財務諸表をご用意いただいて、企業価値評価の算定をさせてもらうことになった。会社に戻り財務諸表を改めて確認すると、非常に安定している。それほど儲かっているわけでもないが、無理な借入をせず、コストも最小に抑えている。コロナ禍でも売上をきちんと守っていることもうかがえた。ここにもあの社長の人柄が写り込んでいるように感じた。

数日後社長のところへ訪問して、企業価値評価の結果報告をした上で「買受先の探索を始めましょう」と提案したところ「ぜひお願いしたい」と快い返事がいただけた。

早速、会社概要書と探索先(ロング)リストの作成に取り掛かった。得意先は印刷工場なのでその分野の買い受け候補をピックアップすると同県だけでも160社もある。隣県まで拡げれば300社も候補先のリストができた。このリストの数がM&Aを成功に導く生命線のような物である。多ければ多いほどマッチングの機会が増えて成約の確率が上がるのだ。そしてここから1件1件しらみつぶしに買手候補へアプローチしていく。それこそがアドバイザーの仕事が労働集約型といわれる所以である。最良のお相手とマッチングさせることこそが何より骨を折る仕事なのだ。
そしてマッチングの一番の決め手は経営者同士の相性である。二番目がシナジー効果だ。

探索を始めてから3ヵ月ほど経った。隣県のとある中堅印刷会社の社長にお会いした。
折加工の工場を譲り受けてもらえないかと提案したところ、じっと対象会社の概要書に目を落とし何やら考えている。そしておもむろに「これはウチにとって必要な会社かもしれない」と。
一旦その日は別れ、少し考えてもらうことに。
翌朝、その買手候補の社長から電話が入った。「昨日の会社を買受けることを決めた」とのことだった。

そのことを売手社長に報告すると、「こんなに早く見つかるのか」と驚きの様子と同時にホッとした顔を覗かせた。でも社長には「ここからが勝負ですよ」と伝えた。

その後トップ面談を経て双方の相性を確認した上で成約に向けた合意が形成された。
ここまでは順調に進んでいて、この調子なら最終成約までは時間の問題だと思っていた。

重厚感のある、とある会議室


ところが事態は一変。買収前の監査時に、売手側の顧問税理士からすでに合意されている譲渡価格の増額を求められたのである。積立保険の返戻金が簿価よりも多く、それを理由に売手社長の退職金の積み増しを要求してきたのだ。
これに関しては我々アドバイザーも元々把握していた事項であり、それを踏まえたうえで譲渡価格の調整をし、売り買い双方の合意を経ているのだからいまさらここへきて増額要求は飲めない。特に買手は容認できるものではないだろう。案の定、買手がそれは筋が通らないと反論。現場の空気が凍りついてしまった。我々からその場では結論を出さず少し冷静になることを提案し、こちらが再調整にあたることを約束しその日は終えた。
買収監査は最後の戦いの場である事を改めて痛感した。

マッチングからクロージングまでの交渉は、利害が対立することはごく自然である。
売手からみれば1円でも高く売りたい。買手は1円でも安く買いたいのだから。

後日、売手社長と会い気持ちを確かめた。すると社長から「あれは顧問税理士が最後に少しでも私に対して今までの義理を果たしたかったのだろう」と。「私自身は元々の合意価格でよい」というのだ。M&Aの現場はさまざまな関係者が寄り合って行われる。そのためにそれぞれの立場でのポジショントークが繰り広げられ、意見が対立することもしばしば。その取り仕切りを務めるのがアドバイザーであり難儀な仕事だと毎回思うのである。

晴れて最終成約が行われた。両社長とも笑顔である。我々も胸を撫で下ろした。

売手社長から最後にいわれたのは
「本当は得意先のために会社を残したかったのではなく、従業員のために会社を残したかったのだ」と。

真面目な人柄は得をする。

アドバイザーとは、人の思いをつなぐ仕事をしているのだと実感するときである。(瑠波无)

2023.3.8掲載

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