ビジネスマッチングコラム vol.24

飛耳長目
アドバイザーが普段使用している仕事の相棒ともいえる手帖とペンの画像です。お客さまとの商談内容を書き留め、勉強している内容を書き留め、心に留めたいことを書き留め、誰にも決して見せることのできないアドバイザーの日ごろから積み重ねている知識や経験、情報、思いがつまった手帖です。この手帖とペンには、売り手と買い手をつなぐためのヒントがあるかもしれません。

M&Aアドバイザー達のダイアリーノート

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ズバ抜けた『絞り技術』をもつ金型屋(下)

新型コロナウイルス感染症がパンデミックを起こして世の中は一変してしまった。
社会経済活動が深刻なほど停滞している。今まで見たことがないほどの惨劇である。外出自粛で行動も制限され、全てのイベントが中止になり、飲食店のほとんどが休業に追い込まれている。製造業でも工場を閉鎖したり、大手メーカーが生産をストップしたりしている。サプライチェーンが止まってしまったのだ。まさかの事態。

金型業界は自動車、電機などの基幹産業の裾野に位置するために、川上のメーカーが生産をしなければそのまま仕事は流れず直撃する。そのため、社長のところもひと月ほどほとんど仕事がない状態である。特に自動車関連はまったく仕事が流れてこない。そもそも先行きが不安だった状況に新型コロナウイルスが追い討ちをかけることになったのだ。

私も、外回りに行きたくても、行動制限やら自粛やらで手も足も出ない状況だが、金型屋を買い受けて欲しいとあらゆる方法で探索は継続するも、やはり買い受け候補もこんな状況ではM&Aどころの話ではないと、けんもほろろの対応が多く、どうにもならない。今は機会を待つ時だと自分に言い聞かせた。社長に時間を伸ばしてもらおうか。

夏になり、社長のところへ顔を出したところ、社長から「11月末の最終決算をもって会社を畳むことにした」と。工場の機械と在庫などをすべて売却して、それを借金返済にあてるとのこと。足りなければ自己資金を賄って完済させるからと。「もう苦しくてダメだ」とつぶやいた。
私は「社長、つまり11月末日までに会社の譲渡が完了すればいいのですね?」と問いかけたが、けげんな表情で「無理だろう」と言う。諦めているんだなと思ったが、最後に「社長から相手探しをやめてくれと言われるまでは、私は探し続けますよ」とだけ告げてその場を後にした。

また探索の連続である。タイムリミットが2ヵ月程しかないことも伝えながら、買い受け候補の会社を廻った。
その頃、買い手側の心理に変化が起こり始めていたのを感じるようになった。それは何人かの経営者から、「今回の新型コロナウイルスを経験して、自社の改革をしなければ生き残れない」と話を聞くことがあったからだ。確かにそうだと思った。コロナショックにより危機意識が高まり、今までどおりのやり方を続けるのではなく、変えて行かなければならない。さらには、新しいことに挑戦して事業領域を拡大したり、生産拠点の統廃合や移転したりする会社が出て来たのである。その手段としてM&Aは最良の方法であると合点が行き、腑に落ちた。

ピンチがチャンスに。

私は、コロナショックを経験した今だからこそと、強く買い受け先へ提案をするようになり、結果として検討してくれる会社が少しずつだが増えてきた。そのなかの1社が東京から生産拠点を地方に移したいと考えていると。業種は申し分ない。また、工場の大きさや立地なども条件的にはかなり当てはまる。現地に訪問することになった。東京のその会社は、社長をはじめ幹部が4名も揃って現地までやってきた。私も売手社長もかなり本気度が高いなと感じた。面談もスムーズに進み、工場の中を視察しながら廻った。機械のオペレーションのことや品質レベルなどの話をしていると、幹部の1人から「金型の技術レベルがもの凄く高いな」との意見が出た。そのポジティブな言葉をそのままプラスに受け止めたのだが…。

この会社で製造している金属部品とその設計図をイメージした画像です。社長は、どの製品に対しても、ひとつひとつの作業を丁寧にしてきました。そんな社長が作図する設計図からも丁寧さが細部にわたり感じられます。どの図面を見ても、社長はその製品や作成するまでの道のりを思い出すでしょう。この画像からは金属部品の製品ができるまでの道のりを感じられます。

翌日、その買い手候補の社長から電話があり、「うちの幹部たちがあの高い技術を数年では引き継げないと尻込みして反対している」という。逆に振れたか。

この会社の売りである『絞り技術』が逆に高いハードルとなってしまったのだ。

事務所でPCを開きメールチェックをしていると、売手社長から「今まで本当にありがとう。もう廃業することに決めたよ。幸多く。さようなら」とメールが届いていた。それを読みながら思いにふけっていると、以前に提案していた、現地からほど近くにある買い受け候補の社長から電話が鳴った。話を聞くと「例の金型屋さんを11月末までに譲り受けることが社内で検討の結果、決定した」とのことだった。

売り買い双方の意思にギャップが生じた瞬間である。

よく起こることだが、これが仲介屋の「双方の合意を取り付ける」難しさなのである。

さてどうするか。

翌朝、夫人に電話をしてみた。
すると「社長ね、なんだか昨晩はいつもより酒量が多かったのよ」とのことだった。
どれほど不安で孤独な思いをしているのだろうか。M&Aアドバイザーがいつも気を配る点である。会社を売ろうとしている社長の不安な気持ちは計り知れない。

その後は夫人にも社長の説得を協力いただきながら話を進めて行った。
そして最後は、多少の条件交渉はあったもののすべての話がまとまり、11月20日に会社の譲渡がすべて完了するに至った。

これが運命というものなのか。(瑠波无)

この会社で製造している金属部品のイメージ画像です。ドーナツみたいに真ん中に穴が開いた同じ部品がいくつか映っています。触るとつるつる冷たそうです。何に使われるのかはこれだけでは想像ができません。今まで作成してきた何種類もの製品は、金属部品なのでそれだけでは私たちは見ることはありませんが、いろいろな商品に使われ、私たちも使用しているかもしれません。

2022.3.2掲載

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