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ビジネスマッチングコラム vol.22
ズバ抜けた『絞り技術』をもつ金型屋(上)
北関東のある金属部品金型製作工場の社長夫人から電話があった。
「日本テクノからのメールマガジンを拝見して、うちも会社を売りたいので一度相談したい」とのことだった。
切迫した状況であることは夫人の声色から察しがついた。
そこでまずは、ノートパソコンを開き、その工場の電力使用データを確認。電力データの詳細を分析して、工場の稼働状態を見極めたうえで訪問した。
M&Aの案件を受けるにあたっては、電力のデューデリジェンスから始めるのが我々の特長だ。それは電力というのはその会社の血液も同然であり、特に生産工場であれば必ず稼働に大きなエネルギーを必要とする。そのことから稼働率と乖離するようなエネルギーの使用をするなど、人為的に操作するのが難しいのである。稼働実態を映し出す血液検査を実施することで、財務諸表や帳簿、労務管理表など人為的に操作できてしまうデータよりも本質的に実態が把握できる。
訪問すると、70歳の創業社長とお電話をいただいた夫人が待っていた。
会社を今後どうするか悩んでいるとのこと。理由は社長の高齢化と金型業界の縮小による事業環境の悪化である。特に夫人は今後が心配でならないと。経理を担当する夫人からは正直に銀行からの借入がいくらあり、その返済も今後は不安であると本音を聞いた。資金繰りにも疲れ果てた様子である。社長は自ら立て直す元気もなくなり、あとつぎもいないことから「どこかに頼りたい」と仰った。質問とともにお二人の話をじっくり聴きながら、私は心の中でこの会社の買い受け先を探し出すことが本当にできるのかと自問自答していた。
その日は一旦数年分の決算書だけを預かり、次回訪問までにこちらから提案することを約束した。
財務面を見ると債務超過に陥っており、過去3年は赤字である。かなり厳しいなと直感。M&Aで売却するには買手のニーズから考えればハードルが高い。それを安易に受けることは無責任でもある。それでもこれまで電気の管理でお世話になったご夫婦の願いに懸命に応え、やれる限りやってみようか?と迷いながら財務諸表をつらつら眺めながら、簡易的な企業価値評価レポートを作成していた。
まだ受けるかを決めかねたまま2回目の訪問。新たに従業員情報と顧客情報、CAD、マシニングセンターなどの機械の状態、工程管理、技術面など聞き出していると、金属プレス金型ではかなり修練が必要な技術である『絞り技術』というものがあると社長から説明を受けた。これはうちの自慢の技術だと。その時の無口で喋りも苦手な社長が、自信をもって流暢に説明していることに私は興味をもった。もしかすると私の目には見えない価値の高い無形の資産が潜んでいるのではないかと。
高度な技術やブランド、人材などは悲しいほど財務諸表に載らない。貸借対照表(BS)の資産の部には1円にも計上されない。しかしながら、この無形の資産は、知る人からすればときに目に見える有形資産よりも価値が高いことがあるのだ。
一通り情報収集をさせてもらい、現在の企業価値評価額を提示してその日は引き上げた。会社に戻りながら頭の中を整理してみた。機械はマシニングセンターと最大160tのプレス機があり大物金型がつくれる。その他NC旋盤やフライスを保有している。ワイヤー加工も自前でやっている。得意先には地元の有力企業がたくさんあり、自動車をはじめ大手の農機具メーカーや電機メーカーから仕事が流れてくると言うのだ。そこに『絞り技術』を売り込む。なかなか仕事のポテンシャルは高いと思い始めていた。そしてあの社長の金型屋としての自信をもった話しぶり。
受けてみるか。
それからは、猛烈に買受け先候補を探し回った。『絞り技術』を前面に出し同業の金型製造からプレス、鋼材、鉄工まで。思った以上に反応はいい。でも口を揃えて言われるのが「財務が目につく」と。そこをなんとかしなければと思い、改めて社長と夫人に時間をもらった。
まずは、債務超過の解消に向けて社長が会社に貸している役員借入金を資本金に組み替えるか、債権放棄をしてもらうようお願いした。また、賃借している土地建物に関して以前から大家さんに買い取って欲しいと言われていたことを思い出し、買取価格の交渉をしてもらった。すると評価額よりも安く売ってくれるとの回答を得た。これらによって債務超過は解消され、安全性の高いBSに生まれ変わったのだ。
それからは買受け先候補の反応がまるで違った。たくさんの買受け先候補を工場に連れて行き見学をさせるまでになってきた。これは行ける。
季節は冬。ニュース番組からはダイヤモンドプリンセス号が新型コロナウイルスに感染した乗客を乗せて横浜港に帰着してきたと伝えていた。その時はあまり気にしていなかったが、その後あれよあれよとコロナ騒ぎが大きくなり緊急事態宣言が発出される最悪の事態となってしまったのである。(瑠波无)
2022.2.2掲載