ビジネスマッチングコラム vol.20

飛耳長目
アドバイザーが普段使用している仕事の相棒ともいえる手帖とペンの画像です。お客さまとの商談内容を書き留め、勉強している内容を書き留め、心に留めたいことを書き留め、誰にも決して見せることのできないアドバイザーの日ごろから積み重ねている知識や経験、情報、思いがつまった手帖です。この手帖とペンには、売り手と買い手をつなぐためのヒントがあるかもしれません。

M&Aアドバイザー達のダイアリーノート

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「品質重視の精密板金加工業」

73歳創業社長からのご相談

創業から30年が経った。小さい会社だが、顧客の信頼も厚く受注も安定している。その会社の社長から「あとつぎがいないので会社を畳もうか悩んでいる」という相談があった。

話をいろいろ聞いていると、思い入れの強い会社を本当は残したいという社長の気持ちが透けて見えた。高齢となり体力は落ちてきているが、仕事に対する姿勢や顧客に対する誠意は失っていない。
仮に会社を畳むとなれば、お得意先に対しても申し訳がないとの思いがあるようだ。

私は決心した。「社長、1年の時間を下さい。あとつぎがいないなら、探しましょう」と社長に提案し、1年間の期限付きで後継者を探すことになった。社長の体力やモチベーションを考えると1年が限界だとも思った。

事業は、医療機器の部品などをレーザー加工機で切断したり、プレスパンチで穴を開けて仕上げにバリ取りという作業をしたりといった、オペレーターの腕がモノを言う職人仕事である。社長は、顧客から渡された図面を見ながらCADでプログラミングして機械に伝送する仕事をしている。これも長年の経験があるからこそのプロの仕事である。
同業者なら、この職人の技術と顧客に価値を感じるはずだ。また関連する金属のシャーリングや曲げ加工などを行う事業者ならシナジー効果も十分考えられるため取り込みたいと思うだろう。

M&Aアドバイザーにとって重要なのは、まず業界の知識と加工技術の知識を徹底的に勉強すること。そして実際に工場で機械やモノを見て、触れて、学ぶことが大事だ。また経営のこともきちんと把握しなければならない。この会社の営業マンになったつもりで相手に提案する力が問われるからだ。営業であれば会社のこと、製品のことを知り尽くしていないと売れるはずがない。またこちらの提案として社長には、高い利益率が出せるように固定費削減など収益力を磨き込みながら、借入金の返済もピッチを上げてもらうよう伝えた。
まさに最後の経営磨きである。

我々の仕事は、会社と会社をただ単に一緒にするだけではない。
経営理念や戦略あるいはモノづくりへのこだわり、そのすべてを売るのである。だから、買い手にそれが伝わり、共感してもらい、事業拡大につながると思っていただけるからこそ成約となる。
小規模企業同士のマッチングの一番の決め手は経営者同士の相性である。二番目がシナジー効果だ。

買い手探索を始めて10社ほどアタックした頃に、ニーズのかなり高い買い手候補に出会えた。その買い手の社長は、「まずは売り手さんに会ってみたい」。それから「工場を拝見したい」とのことで売り手の社長に段取りを付け、事前に想定問答なども打ち合わせてその日を迎えた。
話をしていくうちにシナジーは見込めそうだ。立地や従業員の技術の評価も高い。
スムーズに行く気配を十分に感じ取った。
ところが交渉の結果は破談。
買い手から引継ぎなどがスムーズにいくイメージがもてないとのことだった。私も悔しかったがそれ以上に社長は大きく肩を落としている。そして「もう諦めよう」とこぼした。

それでも私が諦めるわけにはいかない。1年というリミットも近づくなかでさらに探索を進めた結果、隣町の買い手候補の目に留まった。その会社は元々同じ状況で会社をM&Aされた経験があるという。その経験から事業承継問題にも関心があるとのことだった。すぐに顔合わせを設定。その結果、買い手社長からは「売り手社長の後を継ぎたい」という言葉をいただいた。
売り手社長からは「この人だったら信頼できる。すべてを任せられる」と。お互いの人柄と相性がマッチした瞬間だ。

売り手の社長と買い手の社長が、M&Aに向けて何度も交渉を行い、お互いの心を通わせ「この人だったら信頼できる」と握手を交わしている写真です。アドバイザーにとって、売り手の社長の思いと買い手の社長の思いがつながったこの瞬間がたまりません。人の思いをつなぐこの瞬間のために、仕事をしているのだと実感します。M&Aは人と人の心をつなぐ人情味あふれるものです。

マッチングからクロージングまでの交渉で、お互いの利害が対立することはごく普通である。
欲がないとは言え、ビジネスである以上多少なりともお互いよい条件を望むのは当然のこと。また売り手からみれば「自分と同じぐらい大切な会社を売るのだから人生最後の大仕事」だ。
従って譲れないことも多い。そんな互いの希望を理解し、受け入れながらゴールに向かうわけだが、そのゴールはM&Aのゴールではあるが、事業拡大に向けてはスタートであることを確認し合う。

そしてお互いが納得し握手を交わす瞬間。
なんとか約束の期限に間に合った。
終わりよければすべてよし。その瞬間がたまらない。
M&Aアドバイザーは、人の思いをつなぐ仕事をしているのだと実感するときである。

いつも振り返って考えることは、M&Aとは何ぞや?という問いなのだが、毎回その時点で出した答えが変わっていくのだ。だからこれといった答えはなくて、経験を積み重ねていくうちにあらましや骨格が見えてくるのだろうと自分を納得させている。

すべてのM&Aが必ずハッピーになるわけではないが、経営トップの理念が合うと気持ちよく決まることが多い。
(瑠波无)

2021.12.15掲載

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